開式予定時刻を、なんと30分経過した頃導師到着。
もう打ち合わせをしてる場合ではないのでとにかく直ぐ開式。
読経、焼香、導師退場の後、遅ればせながら最後のお別れの儀へと進みます。
この時の為にとっておいた故人のiPhoneの中の収録曲を流します。
小田和正さんの「さよなら」そして「言葉にできない」
棺の中は多くの会葬者が手向ける花々で一杯です。
皆、泣いています。
と同時に… 笑っています!
お母さんも、喪主も、お友達も…
私はおよそ葬儀ではしないようなナレーションを口にしていました。
「故人はきっと世界各地の地酒を探し求め、皆様方にお楽しみいただくべく、笑顔で先着したあちらでお待ちです」
「直ぐには行くことはできません。行ってはいけません。しかし必ず行くことになります。○○さんとの再会を、皆さまどうぞお楽しみにお待ちください」
こんなことを言っていました。
やがて皆さんの手で棺の蓋を閉じていただく時間となり(と言っても30分押しです!結婚披露宴ならともかく、葬儀でこれは通常有り得ないことです)、棺上花を手向けていただくこととなりました。
「最後のお花です」と故人のお母様にお伝えしたところ、お母様は優しく、しかし厳然としたお声で故人の婚約者を促しました。
「△△ちゃん」
誰もが認める婚約者なんでしょう、そういう空気が満たされる中、その方もまた涙を流しそして、笑顔でした。
お母さん、その婚約者… 葬儀、その悲しい場において、「あぁ、いいものを見せていただいた」…
そういう気持ちを禁じ得ませんでした。
きっと司会者たるコザックの声も、涙交じりになっていた筈です。
荼毘、収骨を終え、火葬場にまで足を運ばれた方々を式場で出迎えました。
やはり誰一人帰ることなく、ご供養のお席にお着きになりました。
メールをくれて故人のことを教えてくれた、私の司会仲間の親友の美人さんにも、そこでご挨拶することができました。
悲しく淋しいながらも、なにかこう「やりきった感」が皆さんから溢れている、とても稀有で不思議な二日間の出来事でした。
翌日、くだんの司会仲間からまたメールがありました。
「おはよう!コザックの司会、最高だったと大評判です!◎◎家も大満足だったらしいよ。コザック、さすが!親友からも素晴らしい司会だったと、、連絡がありました。 本当に本当にありがとう。亡くなった〇〇さんは、最後は打って欲しくはなかったであろう点滴を止むを得ず打つことになって、あの世に行きたくないという思いがすごく強かったみたい。すごく生きたい、まさかこんなに早く逝くとは思っていなかったようで。。で、本人があの世に行きたくないという思いが、導師が遅れるということに繋がっていると家族は考えたみたい。実際、すごく親しい人たちのところには、不思議な現象を次々に起こしていたの。その上、導師もすい臓がんらしく、すごくよくやってくれたと家族は思っているようよ。 「有り得ない不祥事」が、家族にとっては有難いという思いで受け止めていたそう。物事の感じ方、起こることも、なにがしかの意味があるのでしょう。。なんだかそんな気がする。返信不要!またコザックに会える日を楽しみにしてるよ!」
あー、彼女は稀代の、狂言回しでした。
「3年前の稀有なるご縁の数々~エピソード④」、完結です。
次回エピソード⑤が、3年前、2016年のラスト・エピソードです。
<2017年記事 再録>
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